工場や製造現場で日常的に使われる「危険物」という言葉。実はこの言葉、根拠となる法令によって意味が異なります。労働安全衛生法上の危険物と、消防法上の危険物は、対象範囲も分類も同じではありません。この違いを曖昧にしたまま現場運用を続けると、SDSの読み方や保管・作業時の安全措置、社内規程の整備で思わぬ抜け漏れが生じます。本稿では、製造業の環境安全部門の担当者に向けて、両法令における危険物の捉え方を整理します。
はじめに
「うちの工場で扱っているこの物質は、危険物ですか?」
環境安全部門にこう尋ねられたとき、即答できるでしょうか。答えは「どの法令の話ですか?」と聞き返すのが正解です。なぜなら、危険物という言葉は、労働安全衛生法と消防法で異なる意味を持つからです。
この違いを押さえておくことは、SDSの読み方、現場の保管方法、作業時の安全措置、行政への届出など、実務のあらゆる場面で土台になります。
「危険物」は法令ごとに意味が違う
「危険物」は、法令ごとに定義と分類の枠組みが異なります。製造業の現場で関係する代表的な法令としては、労働安全衛生法と消防法が挙げられます。両者は目的も視点も異なります。
労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を守ることを目的としています。一方、消防法は火災の予防や被害の軽減を目的としています。同じ物質であっても、どちらの法令の枠組みで見るかによって、扱いが変わることがあります。
この前提を押さえずに「危険物だから」「危険物ではないから」と判断すると、議論が噛み合いません。まずは、それぞれの法令で危険物がどのように定義されているかを確認することが重要です。
労働安全衛生法上の危険物とは
労働安全衛生法上の危険物は、労働安全衛生法施行令別表第一で次のように分類されています。
分類(令別表第一)
- ①爆発性の物
- ②発火性の物
- ③酸化性の物
- ④引火性の物
- ⑤可燃性のガス
ポイント
可燃性のガスが含まれていることです。後述する消防法上の危険物との大きな違いの一つです。
労働安全衛生法では、危険物を取り扱う作業における爆発・火災などの労働災害防止が重要な視点になります。消防法のように貯蔵・取扱い数量や施設の規制だけを見るのではなく、作業場所での換気、火気管理、点火源管理、作業方法なども確認する必要があります。
なお、火薬類は火薬類取締法など別の法令で扱われるため、本記事では詳しく取り上げません。
令別表第一の危険物は、「化学設備」の定義にも関係します。化学設備に該当する場合の届出・点検・管理体制については、本シリーズ第1回で詳しく整理しています。
第1回:化学設備とは何か|製造業の工場で確認すべき届出・点検・管理体制の基礎 →
消防法上の危険物とは
消防法上の危険物は、消防法第2条第7項及び消防法別表第一に基づき、第1類から第6類に分類されています。
分類(消防法別表第一)
- 第1類酸化性固体
- 第2類可燃性固体
- 第3類自然発火性物質及び禁水性物質
- 第4類引火性液体
- 第5類自己反応性物質
- 第6類酸化性液体
製造業で馴染みが深いのは、ガソリン、灯油、軽油、アルコール類などが含まれる第4類の引火性液体です。
消防法では、危険物の種類ごとに指定数量が定められています。指定数量以上の危険物を貯蔵し、又は取り扱う場合には、消防法上の製造所、貯蔵所、取扱所に関する規制を確認する必要があります。また、指定数量未満であっても、市町村の火災予防条例に基づく基準や届出の確認が必要となる場合があります。
可燃性ガスは、労働安全衛生法上の危険物に含まれます。一方で、消防法別表第一の第1類から第6類の危険物としては整理されません。そのため、可燃性ガスを取り扱う場合には、労働安全衛生法に加え、高圧ガス保安法など他法令の確認が必要になります。
労働安全衛生法と消防法の違い
両者の違いを整理すると、次のようになります。
| 観点 | 労働安全衛生法上の危険物 | 消防法上の危険物 |
|---|---|---|
| 主な根拠 | 労働安全衛生法施行令別表第一 | 消防法第2条第7項、消防法別表第一 |
| 分類 | 爆発性の物、発火性の物、酸化性の物、引火性の物、可燃性のガス | 第1類から第6類 |
| 可燃性ガスの扱い | 含まれる | 消防法別表第一の第1類から第6類の危険物としては整理されない |
| 主な目的 | 労働者の爆発・火災等による労働災害の防止 | 火災の予防、警戒、鎮圧、生命・身体・財産の保護 |
| 主な確認視点 | 作業時の安全措置、換気、火気管理、点火源管理、作業方法 | 貯蔵・取扱い、指定数量、危険物施設、少量危険物、条例確認 |
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特に押さえておきたいポイント
可燃性ガスの位置づけです。労働安全衛生法上の危険物には含まれる一方、消防法別表第一の第1類から第6類の危険物としては整理されないため、関係する法令を整理して確認する必要があります。
製造業の現場でよくある誤解
実務でよく見かける誤解を、いくつか挙げておきます。
SDSに記載されている危険有害性情報は、化学物質の物理化学的危険性や健康有害性を示すものです。一方、消防法上の危険物に該当するかどうかは、消防法第2条第7項及び消防法別表第一の分類に基づいて判断する必要があります。SDSの危険有害性情報と、消防法上の危険物該当性は同じではありません。SDSは判断の入り口にはなりますが、それだけで消防法上の該当性が決まるわけではない、と整理しておくことが重要です。
消防法上の指定数量未満であっても、市町村の火災予防条例で少量危険物として規制されている場合があります。さらに、労働安全衛生法上の危険物に該当するのであれば、作業時の安全措置は指定数量とは関係なく確認する必要があります。指定数量未満でも、市町村条例と労働安全衛生法上の安全措置の両面を確認することが重要です。
危険物貯蔵所などでの保管は、消防法上の貯蔵基準に対応するものです。実務上、危険物倉庫と呼ばれることがあります。一方、その物質を実際に使う作業の安全措置は、労働安全衛生法の枠組みで別に確認する必要があります。保管場所の規制と作業時の規制は、別の話として整理することが重要です。
工場で確認すべきポイント
現場で確認しておきたいポイントを挙げます。
- 取り扱っている物質が、労働安全衛生法施行令別表第一のどの区分に該当するか
- 同じ物質が、消防法別表第一の第1類から第6類のいずれに該当するか、あるいは該当しないか
- 可燃性ガスを扱っている場合、労働安全衛生法上の措置と、高圧ガス保安法など他法令の規制を整理できているか
- 指定数量未満の物質について、市町村の火災予防条例と労働安全衛生法上の安全措置を確認できているか
- 危険物貯蔵所などでの保管基準と、作業現場での換気、火気管理、点火源管理、作業方法を、別々に整理できているか
- SDSの記載内容と、各法令上の該当性の関係を、現場担当者が理解できているか
実務ポイント
これらは一度整理して終わりではなく、物質の追加や設備の変更、法改正のタイミングで見直すことが望ましい項目です。
まとめ
「危険物」という言葉は、労働安全衛生法と消防法で意味が異なります。労働安全衛生法上の危険物には可燃性ガスが含まれますが、消防法別表第一の第1類から第6類の危険物としては整理されません。SDSの記載、指定数量、危険物貯蔵所などでの保管、いずれも一つの観点に過ぎず、それだけで法令対応が完結するわけではありません。
現場の安全と法令遵守を両立させるためには、それぞれの法令の枠組みを正しく理解し、自社の取扱物質と作業実態に照らして整理することが重要です。
Ξ Globeで支援できること
クシィ・グローブ合同会社では、製造業の工場・事業場を対象に、労働安全衛生法、消防法令、化学物質関連法令を踏まえたEHS法令遵守状況の確認を支援しています。
例えば、次のようなお悩みはないでしょうか。
SDSはあるが、法令ごとの該当性を整理できていない
危険物貯蔵所などで保管しているものの、作業時の安全措置まで確認できていない
少量危険物や可燃性ガスの管理が、どの法令に関係するのか不安がある
こうした場合には、取扱物質、SDS、保管数量、使用場所、届出・許可状況を整理したうえで確認することが重要です。クシィ・グローブでは、現地確認や関係者へのヒアリングを通じて、貴社の実態に即した整理を支援します。法令ごとの整理に不安がある場合は、まずは現状の取扱物質、SDS、保管数量、使用場所を整理するところからご相談ください。
取扱物質、SDS、保管数量、使用場所、届出・許可状況の整理に不安がある場合は、EHS課題整理相談または設備・届出漏れリスク クイック診断で整理できます。
参考情報
以下は、本記事の根拠となる一次情報・公的資料の一覧です。リンク先・名称・条文番号については、公開情報をもとに整理していますが、最新の内容は原典をご確認ください。
安衛法(労働安全衛生法)上の危険物
参考法令と条文
労働安全衛生法施行令 別表第一
安衛法上の「危険物」が具体的に列挙されており、5つの分類(爆発性の物、発火性の物、酸化性の物、引火性の物、可燃性のガス)が定義されている。
労働安全衛生法 第20条第2号
事業者が労働災害を防止するために講ずべき措置として「爆発性の物、発火性の物、引火性の物等による危険」が規定されている。
労働安全衛生法施行令 第9条の3第1号
化学設備の定義に関連して「別表第一に掲げる危険物(火薬類取締法第二条第一項に規定する火薬類を除く。)」と規定されている。
参考通達
「労働安全衛生規則の施行について」(昭和47年09月18日基発第601-1号)
労働安全衛生規則でいう「危険物」には火薬類は含まれないことなどが示されている。
「非常用発電機用に設置されている燃料貯蔵タンクに係る労働安全衛生法の適用について」(平成20年10月16日基安化発第1016002号)
軽油などの引火性の物を取り扱う設備の解釈や、届出対象となる化学設備の基準等について言及されている。
「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令の施行について」(昭和49年06月25日基発第332号)
化学設備や特殊化学設備における危険物の取扱い基準や、爆発・火災防止等の解釈が示されている。
「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について」(昭和46年04月15日基発第309号)
可燃性ガスに関する解釈(メタン、硫化水素等の天然に発生する可燃性ガスの定義など)が示されている。
消防法上の危険物
参考法令と条文
消防法 第2条第7項
「危険物とは、別表第一の品名欄に掲げる物品で、同表に定める区分に応じ同表の性質欄に掲げる性状を有するものをいう。」と明確に定義されている。
消防法 別表第一
危険物を第1類から第6類(第一類:酸化性固体、第二類:可燃性固体、第三類:自然発火性物質及び禁水性物質、第四類:引火性液体、第五類:自己反応性物質、第六類:酸化性液体)に分類し、それぞれの性状や定義の詳細(備考欄)を定めている。
危険物の規制に関する政令 第1条の11及び別表第三
消防法における各危険物の「指定数量」を類別・品名・性状に応じて定めている。
危険物の規制に関する政令別表第一及び同令別表第二の総務省令で定める物質及び数量を指定する省令
政令で定める物質や数量を具体的に指定している。
危険物の試験及び性状に関する省令
消防法別表第一の備考に定める、酸化力の潜在的な危険性や引火の危険性などを判断するための試験方法や性状の細目を規定している。
危険物の規制に関する規則
製造所等における危険物の位置、構造、設備の基準や貯蔵・取扱いの基準を規定している。
参考告示
危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示(昭和49年自治省告示99号)
危険物の規制に関する技術上の基準(危険物の運搬容器の特例などを含む)の細目を定めている。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の物質や作業・設備への法令適用を断定するものではありません。実際の該当性や届出要否は、取扱物質の種類・性状、取扱数量、使用条件、保管方法、所在地の市町村条例・行政運用等により異なる場合があります。本記事の内容を実務に適用する際は、必ず原典の法令・通達を確認の上、必要に応じて所轄の行政機関または専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによるいかなる損害についても、クシィ・グローブ合同会社は責任を負いかねます。